2023年9月10日日曜日

消える振り子式特急から復活の振り子式特急へ




 国鉄時代に山岳路線などのカーブの多い線区へ切り札として投入された振り子式特急がの変遷を、登場時から現在まで紹介していきたいと思います。

記事作成日: 2015.05.25/記事更新日: 2023.09.10

振り子式車両とは

長野駅に停車するJR東海383
特急「しなの」に使用される
381系の後継で制御付き自然振り子式の383系

振り子式車両は特殊な構造の台車を利用して、列車がカーブを高速で通過したときに遠心力で車両を傾けて乗り心地を向上するシステムです。ただし、カーブの速度向上は振り子式だけで可能になるものではなく、高速で通過できるように線路を強化したり車体を軽量・低重心にするなど、様々な技術を組み合わせて可能になります。振り子装置は、あくまでも乗り心地を良くすることが中心の装置です。

「しなの」で初めて採用された振り子式

日本では国鉄時代に開発され、1973年より製造された381系が、営業列車で最初に振り子式を採用しました。381系は中央線を走る特急「しなの」でデビューし、スピードアップの成果を上げました。その後「くろしお」「やくも」と導入路線を増やしていきました。

この時採用された振り子装置の方式は、自然振り子式です。この方式はカーブを曲がると動力なしで勝手に車体が傾くので、安全性が高い利点があります。

しかし、この方式の弱点として、車体の傾く動作とカーブと合わない点です。カーブが入る時は、列車が曲がり始めてから車体が傾斜し、カーブを出たときは逆でカーブから出た後傾きがなくなります。この欠点により乗り心地が悪くなり、乗り物酔いがおきやすく乗り心地では、必ずしも好評とは言えませんでした。

乗り心地を改善した制御付き自然振り子

JR東日本E351系の台車
E351系の台車
自然振り子方式が登場して約20年後、乗り心地の悪さを改善した方式の制御付き自然振り子が登場しました。

この方式は列車の走行位置を把握し、カーブの手前とカーブを抜ける直前に少し力を加えることで、傾きのタイミングを調整することができます。そして最終的な傾きは今までと同じ方法で、カーブにより勝手に車体が傾くようにしています。なので安全への影響は最小限に抑えつつも、乗り心地を向上させることが出来ます。

JR発足後各社が新車開発にしのぎを削る時代、JR四国と鉄道総研により開発され、JR四国2000形特急気道車で採用されました。1989年に試作車が作られ、1990年より量産車が開始されJR四国の特急では標準的に採用されていきました。

上の写真の特急「スーパーあずさ」用のJR東日本E351系特急電車など、気道車・電車問わず広く採用されていき、JR貨物以外のJRグループでは急カーブの多い特急用として、全社が採用していきました。

広がる新方式空気バネ式

良いこと尽くめに見える振り子式車両ですが、大きな欠点がありました。構造が複雑になることから、車両の製造コストやメンテナンスコストが上がってしまうことです。そのため日本で振り子式を採用しているのは、ある程度コストがかかっても許される特急車両だけです。

千歳線苗穂駅付近を通過するキハ201系
空気バネ式の車体傾斜装置を採用する
JR北海道のキハ201系
そんな中で振り子式に変る方式として、「空気バネ車体傾斜式」というものが登場しました。この方式は、現在の鉄道で標準となった台車の空気バネをカーブに入ったとき膨らませ、車体を傾けるというものです。空気ばねが浮き輪のように空気が入ったゴムでできているから出来る芸当で、風船のようにカーブの外側のばねを内側より膨らませることで車体を傾けます。

車体の傾斜角度が振り子式に劣るのでカーブの通過速度は下がりますが、仕組みが簡単で製造・メンテナンスコストの両方を抑えることができるほか、乗り心地も振り子式より良いとされます。

JR北海道が開発に意欲的だった頃、コストの低さを武器に一般車両のキハ201系で1997年に初めて採用されました。当初は振り子式ではカバーしきれない路線を中心に特急用として採用されていきました。

現在ではN700系やE5系と300km/hを超える速度で走る新幹線車両にも、標準装備として採用されています。

その後は2014年に登場したJR四国8600系特急電車を皮切りに、現在振り子式の車両が運用されている区間でも、空気バネ式へ置き換えるケースがでてきました。先ほど紹介した特急「スーパーあずさ」用E351系も空気バネ式のE353系に置き換えられました。

希望だったハイブリッド傾斜システム

振り子式の採用が減っていくなか、JR北海道は振り子式と空気バネ式を共存させて更に高速でカーブを曲がれるようにと考えたのがハイブリッド傾斜システムです。振り子式で車体を傾かせつつ、さらに空気バネを膨らませて今までのシステム以上に車体を傾斜させ、カーブの通過スピードを上げようというものでした。

しかし、JR北海道内の安全に関わる度重なる大きなトラブルで、新しい技術の開発を行うより安全性の強化が先だという判断が下されました。試験車両のキハ285系は、完成したにも関わらず試験は中止となってしまいました。2014年に製造されて以来まともに本線は走ることはなく、2017年には解体されています。

この開発中止はJR北海道以外にも影響があったと思います。この当時空気バネ式が広がる一方で、振り子式を大きく発展させようとしていたのは、日本の鉄道会社の中ではJR北海道ぐらいのものでした。振り子式を採用してる列車の中には地方ローカル線なども多くあり、空気式が広がる中でも振り子式を必要としています。そんな中での唯一発展させようとしていたJR北海道がやめたことで、振り子式の日本での発展は大きく後退しました。そして地方ローカル線にとっても、進化の一つの道筋が経たれてしまいました。

車体傾斜装置を停止したJR北海道

キハ285系の後も状況は悪化していきます。安全への優先でそれ以外のコストを下げるため、JR北海道の特急車両は車体傾斜装置の採用をやめただけでなく、既に搭載されている車両での使用もとりやめています。これにより特急列車の所要時間が伸びてしまいました。

経費削減と安全対策が優先で、以前のような速度向上のめどが立っていません。確かに脱線などしたら元も子もないのですが、北海道でも高規格道路の延伸が続いており、常に速度向上の策を練らないとどちらにせよジリ貧なのは間違いありません。

状況の好転を願っているのですが、JR北海道に関わる国や自治体がとても交通政策に真剣に取り組んでいるとは言えない状況で、先が真っ暗なのが現状です。

一時は車体傾斜を捨てたJR西日本

北陸線福井駅に到着する683系しらさぎ
289系の改造元となった683系
JR北海道ほどではなくとも、一時は消極的だったのがJR西日本です。特急「くろしお」で使われていた381系を置き換えるため、2012年に登場した287系・2015年に登場した683系を改造した289系という車体傾斜装置の付いていない車両で置き換えを行いました。

287系・289系は381系と比べて強力なモーターを採用してるものの、車体傾斜システムがなくカーブの通過速度は劣ります。そのため特急「くろしお」では所要時間が381系より若干延びてしまいました。

287系が「くろしお」で運行を開始した2012年は、リーマンショックの余波もあり景気の良い時期とは言えませんでした。更に北陸新幹線の開業で北陸地域などで運行していた683系交直流特急電車が余剰となっており、当時登場して15年も経っておらず廃車にするには早すぎました。また、381系との置き換えならば所要時間に大きな差が出ない、振り子式は導入コストが高いなどもあります。

これらから推察できる経済性から、仕方の無い判断だとは思いますが、速度面では後退してしまいました。

復活の振り子式

空気ばね式に押される形で衰退していくかと思われた振り子式ですが、空気ばね式の弱点が露呈することで復活していきました。

空気ばね式の弱点としてカーブが多い区間だと、傾斜が追い付かない問題があります。風船のように空気を送り込む関係で、頻繁に空気ばねへの空気の吸気と排気を行うために、頻繁にカーブの切り替えしが行われると追い付かなくなるのです。

JR四国は気動車でも空気ばね式を拡大しようと、2017年に2600系を製造しました。しかし、カーブの多い区間では給気が追い付かないことが分かったため、導入は2編成のみとなっています。

そのためJR四国では2019年より2700系制御振り式気動車が製造されていく流れとなりました。振り子式車両の新形式は、18年ぶりの登場でした。その後JR西日本も最後の国鉄型特急電車となった特急「やくも」用381系の置き換えで、制御振り子式の273系の導入を発表し、JR東海も383系の後継に385系の導入を発表しています。

273系と385系では新しい位置検知システムやジャイロシステムを搭載し、コスト削減や振り子装置の稼働タイミングを調整出来、より進化した振り子式が搭載される見込みです。

一時はだいぶ劣勢に見えた振り子式ですが適材適所ということで、カーブが多い路線には必要な方式として復活してきています。今後もすみ分けていくのではないでしょうか。

海を越えた振り子式

停車中のJR九州885系
TEMU1000形のペースとなった
JR九州885系

日本での振り子式の採用が減る中で、台湾の国鉄にあたる交通部台湾鉄路管理局(TRA)は日本製の振り子式車両を採用し続けています。JR九州の885系の姉妹車両にあたる、日立製TEMU1000形のです。車両は太魯閣(タロコ)号用として使用されており、従来の車両より所要時間の短縮を実現しました。

また日本同様に空気ばね式車体傾斜装置の車両も採用しており、こちらも日本車輛製の日本製で、普悠瑪(プユマ)号用にTEMU2000型を採用しています。

あとがき

この記事を最初に書いた2015年は、日本の鉄道高速化を支えてきた振り子式が節目を迎えようとしていました。そして記事を更新した今では、振り子式に復活の兆しが見えています。

列車の高速化技術自体が消極化される中で、振り子式の復活は一つの明るい話題だと思います。様々な乗り物が速くなる中で、少子高齢化で新幹線以外の日本の鉄道の高速化は進みにくくなっています。日本の鉄道は今でも間違いなく安全で快適になっている一方で、乗り物は速くてなんぼのとこもあるので、高速化の取り組みが少しでも進むことを願っています。

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4 件のコメント:

Unknown さんのコメント...

JR西日本の動向について。2016年3月26日ダイヤ改正後の特急「くろしお」号の天王寺~新宮間の最速列車の所要時間を調べてみましたが、振り子車(283系・オーシャンアロー型)が3時間47分、非振り子車(287系)が3時間48分と、僅か1分差でしかありませんでした。振り子車で運転される特急がどういう訳か単線区間の対向待ち時間を伸ばしたり、ラッシュ時に阪和線区間を走行する便に割り当てるなど、スピードを活かせないスジの便に充当しているためです。しかし、その裏には「非振り子車の287系で十分」と思わせるために、わざと所要時間の差を縮めて統一しているのでは?と疑っていたりします。振り子車はきのくに線からはいずれ姿を消すのでしょうね。

匿名 さんのコメント...

伯備線・山陰線の「やくも」も、そろそろ置き換え時期が近づいています。

伯備線・山陰線の線形が悪いのと、岡山ー米子・松江・出雲市の高速バスとの競合があるために、非振り子式だと所要時間が伸びるということで、振り子式の新型車両をいれざるをえないのではないかと予想。

所要時間では、米子まではバスと特急でほぼ同じ。
松江・出雲市では特急のほうが早い。
運賃はバスが特急の6割程度と安い。

匿名 さんのコメント...

「げろしお」,「ぐったりはくも」と揶揄されてきた381系がもうすぐ引退なんですね。変態連結を一度見てみたかったですね。

匿名 さんのコメント...

「げろしお」,「ぐったりはくも」と揶揄されてきた381系がもうすぐ引退するんですね。振り子式車両に乗ってみたかったですね。

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